PC復活しました!(汗)
PCが暑さのためか、壊れてしまい
さらにこのブログのパスワードもド忘れしていたため
更新がしばらくできませんでしたが、
無事、PCも復活しました(^^)
当初、お盆を挟んだ時期だったため
一ヶ月はかかる、と言われていたので
わずか二週間程度でPCが戻ってきて
くれるとはうれしい誤算ですw
(ただし、PCを全て初期化しているため
色々大変ですが・・・)
・・・とは言ったものの
これで今まで読んでいた人が忘れずに
チェックしてくれている嬉しいのですが、
結構休んでますからね。
しかも放置していたものも含めて
なんだか変なコメントも増えていますね(汗)
いや、まあ読んでくれてたら、それだけで今は
嬉しいですっ!・・・(^^;
という訳で、またキバ関係の記事は
勿論毎週やります!
他の記事も自分のペースで
書きますので宜しくお願い致しますm(_ _)m
さらにこのブログのパスワードもド忘れしていたため
更新がしばらくできませんでしたが、
無事、PCも復活しました(^^)
当初、お盆を挟んだ時期だったため
一ヶ月はかかる、と言われていたので
わずか二週間程度でPCが戻ってきて
くれるとはうれしい誤算ですw
(ただし、PCを全て初期化しているため
色々大変ですが・・・)
・・・とは言ったものの
これで今まで読んでいた人が忘れずに
チェックしてくれている嬉しいのですが、
結構休んでますからね。
しかも放置していたものも含めて
なんだか変なコメントも増えていますね(汗)
いや、まあ読んでくれてたら、それだけで今は
嬉しいですっ!・・・(^^;
という訳で、またキバ関係の記事は
勿論毎週やります!
他の記事も自分のペースで
書きますので宜しくお願い致しますm(_ _)m
あくまで迷信です
このブログで何度か書いたことがあるのですが、
私と以前バンドを組んでいたギタリストのF君と
いう男のことを覚えている方はいるでしょうか?
この男は現在、美容師をしており
性格は非常にお調子者であり、時に
悪ノリが過ぎることもありますが
私に最新の音楽を紹介してくれる
ナイスガイでもあります。
私は散髪にはあまり金を掛けないタイプ
だったのですが、彼が長崎で働くことに
なってから2回に1回くらいは
彼が働く店で切ってもらうことにしています。
彼の顔を立てている、という訳でも
ありませんが
時々面白いバンドのことを紹介してくれることも
あるし、彼と話していると面白い
ということもあり、現在でもそうしています。
ついこの間もその店に切りに行くと、
F君は、いつものように私の髪を
短く切るついでにモヒカンみたいな髪に
してから、
「おお〜、カッチョいいな〜。
ジード(北斗の拳に出てくる悪党)みたいだw
お前、明日からこれで出社しろよ」
とか勝手な事を言っています。
まあ、私は一度会社を辞め
再就職までにそれなりに苦労したことも
ありますからその申し出を丁重に断り、
いつも通り切ってもらうことにしました。
F君「いつも通り?
あの自衛官みたいな髪型か…
う〜ん、たまにはもうちょい
思い切った髪型にしない?
いつもそれだと、俺のアーティスト魂が
燃えないんだよなぁ」
と、愚痴っていましたが
アーティスト魂を燃やすよりも
プロ意識を燃やして欲しいと
私が言うと、しぶしぶいつも通りに
切ることにしたようです。
ところで、
F君といつものように世間話をしていて
気になったことがあります。
彼は以前、新しいバンドとかアーティストを
知るとよく私に教えてくれましたが
最近はあまり教えてくれません。
そのことが気になっていたので
彼に思い切って、何故なのかを
聞いてみると
理由はこうです。
F君「あ〜、いや音楽自体は聴いてるんだけどさ。
何と言うか、
お前が俺の勧めたバンドとかを
気に入るとさぁ・・・
よく解散するじゃん。だから教えないw」
一見して、馬鹿馬鹿しい迷信めいた
話に聞こえるかもしれませんが
彼の言ってることはあながち
間違いでも無いんです。
こじつけと言われれば
そうかもしれないんですが、
たとえば、ここ数年前の話だと
イギリスのTHE DARKNESS。
このバンドは私もいたく気に入り
このブログでも紹介しましたが、
それからしばらくしてからですかね・・・
解散しましたw
(正確に言うと、ボーカルが代わって
一応現在では活動してますが)
あと、PANTERAもそうですね。
かなり前から知っていたバンドですけど
CDは持っておらず、テープとかだけでした。
綺麗な音質で聴きたいと思い、
オリジナルアルバムを集め始めて
しばらくすると、ギタリストのダイムバッグ・ダレルが
ファンに射殺されるという痛ましい事故が
起きました。
クィーンもそうですね。
私が中学生くらいだったか、ちょうど
熱心に聴き始めた頃にフレディ・マーキュリーが
エイズで死去したり、
あとマイナーですけど日本のTHE AUTUMN STONEという
渋い、ロックバンドもすぐに解散しました。
私のこの呪いから逃れられたバンドは
結構少なく、メタル勢だとSYMPHONY Xとか
オジー・オズボーン、くらいじゃ
ないでしょうか。
あとは全て、解散とまでは行かなくとも
危機を迎えたり、メンバーチェンジが
発生したり、と偶然のレベルを
少々越えているような頻度で
不幸な目に遭っている気がします。
そんな訳でF君は、あんまり私の前で
新しいバンド等の話をしてくれなくなりました(^^;
しかし、私だって自分で好きな音楽くらい
調べます。
そして、好きになるものもあるのです。
最近のアーティスト、じゃないですけど
今は、密かに宇多田ヒカルが
私の中で再ブレイク中です。
彼女のファンの方、
もし、私が熱心に聴くことで
彼女が引退とかしたりしたら、
その時はゴメンなさいw
ま、迷信ですからあまり真剣に
捉えないで下さいね・・・(^^;
私と以前バンドを組んでいたギタリストのF君と
いう男のことを覚えている方はいるでしょうか?
この男は現在、美容師をしており
性格は非常にお調子者であり、時に
悪ノリが過ぎることもありますが
私に最新の音楽を紹介してくれる
ナイスガイでもあります。
私は散髪にはあまり金を掛けないタイプ
だったのですが、彼が長崎で働くことに
なってから2回に1回くらいは
彼が働く店で切ってもらうことにしています。
彼の顔を立てている、という訳でも
ありませんが
時々面白いバンドのことを紹介してくれることも
あるし、彼と話していると面白い
ということもあり、現在でもそうしています。
ついこの間もその店に切りに行くと、
F君は、いつものように私の髪を
短く切るついでにモヒカンみたいな髪に
してから、
「おお〜、カッチョいいな〜。
ジード(北斗の拳に出てくる悪党)みたいだw
お前、明日からこれで出社しろよ」
とか勝手な事を言っています。
まあ、私は一度会社を辞め
再就職までにそれなりに苦労したことも
ありますからその申し出を丁重に断り、
いつも通り切ってもらうことにしました。
F君「いつも通り?
あの自衛官みたいな髪型か…
う〜ん、たまにはもうちょい
思い切った髪型にしない?
いつもそれだと、俺のアーティスト魂が
燃えないんだよなぁ」
と、愚痴っていましたが
アーティスト魂を燃やすよりも
プロ意識を燃やして欲しいと
私が言うと、しぶしぶいつも通りに
切ることにしたようです。
ところで、
F君といつものように世間話をしていて
気になったことがあります。
彼は以前、新しいバンドとかアーティストを
知るとよく私に教えてくれましたが
最近はあまり教えてくれません。
そのことが気になっていたので
彼に思い切って、何故なのかを
聞いてみると
理由はこうです。
F君「あ〜、いや音楽自体は聴いてるんだけどさ。
何と言うか、
お前が俺の勧めたバンドとかを
気に入るとさぁ・・・
よく解散するじゃん。だから教えないw」
一見して、馬鹿馬鹿しい迷信めいた
話に聞こえるかもしれませんが
彼の言ってることはあながち
間違いでも無いんです。
こじつけと言われれば
そうかもしれないんですが、
たとえば、ここ数年前の話だと
イギリスのTHE DARKNESS。
このバンドは私もいたく気に入り
このブログでも紹介しましたが、
それからしばらくしてからですかね・・・
解散しましたw
(正確に言うと、ボーカルが代わって
一応現在では活動してますが)
あと、PANTERAもそうですね。
かなり前から知っていたバンドですけど
CDは持っておらず、テープとかだけでした。
綺麗な音質で聴きたいと思い、
オリジナルアルバムを集め始めて
しばらくすると、ギタリストのダイムバッグ・ダレルが
ファンに射殺されるという痛ましい事故が
起きました。
クィーンもそうですね。
私が中学生くらいだったか、ちょうど
熱心に聴き始めた頃にフレディ・マーキュリーが
エイズで死去したり、
あとマイナーですけど日本のTHE AUTUMN STONEという
渋い、ロックバンドもすぐに解散しました。
私のこの呪いから逃れられたバンドは
結構少なく、メタル勢だとSYMPHONY Xとか
オジー・オズボーン、くらいじゃ
ないでしょうか。
あとは全て、解散とまでは行かなくとも
危機を迎えたり、メンバーチェンジが
発生したり、と偶然のレベルを
少々越えているような頻度で
不幸な目に遭っている気がします。
そんな訳でF君は、あんまり私の前で
新しいバンド等の話をしてくれなくなりました(^^;
しかし、私だって自分で好きな音楽くらい
調べます。
そして、好きになるものもあるのです。
最近のアーティスト、じゃないですけど
今は、密かに宇多田ヒカルが
私の中で再ブレイク中です。
彼女のファンの方、
もし、私が熱心に聴くことで
彼女が引退とかしたりしたら、
その時はゴメンなさいw
ま、迷信ですからあまり真剣に
捉えないで下さいね・・・(^^;
不満
ブログの記事にするタイミングが遅いのですが、
秋葉原での殺傷事件。
あれは何とも惨い事件でした。
ニュース等を色々チェックしていると、
犯行の動機が色々と推測されていますが、
公開された掲示板のレスの内容を
見て一般的に判断されている動機は
社会や所謂「勝ち組」と呼ばれている人達
そして他人に人気のある人間に
対する、妬みや嫉み・・・
そして自分の社会的地位に対する不満・・・
と言ったところでしょうか。
まあ、加藤容疑者に限らず
こういった感情は誰にでも湧きあがる事は
あります。
私も同級生の中に弁護士や医者になった人が
いまして、そういう人を羨んだ事はあります。
が、勿論彼らを殺そうなどとは思いません。
何故ならば、彼らは私以上に努力をしていたことを
知っていたからです。
努力をして報われるのは当たり前の事ですからね。
だから、自分が彼らよりも所得が低くても
事実を甘んじて受け容れる事ができる訳です。
しかし、加藤容疑者はそれができませんでした。
結果、自分を愛せず
他人を妬み犯行に及んだ。
加藤容疑者に対して憐憫の情は湧きません。
しかし、その嫉妬の感情自体は共感
できないことも無いのです。
なぜなら私も挫折を味わったことが
ありますし、失恋だってしたことが
ありますから。
それに加えて彼の場合は友達もいなかったと
聞いています。
もし、彼に何でも話し合える友がいたり
お互い同じ未来を見つめることができる
異性がいたのなら
こういう事件は起こらなかったかもしれませんね。
その点だけは憐れむべきでしょうか。
勿論、だからと言ってあの事件に対する
酌量の余地があるかと問われれば
少なくとも私にはありませんね。
これは当たり前でしょう。
厳しい言い方をすれば、本当は誰でも
孤独なのです。
恋人がいようが、友達がいようが
それは変わらない。
と言うのも自分の気持ちを本当の意味で
理解してくれる訳はなく、
どんなに込み入った悩み事を打ち明けることが
できる友がいたとしても、
その人にとってのその悩み事は「他人事」
だからです。
・・・言い方が悪いかもしれませんね。
「他人事」と書いたのは、当事者で無いから
本当にどれくらい悩んでいるのか、
どうして悩んでいるのかを共有することが
不可能だという意味です。
一人ひとりが孤独である、私達は
社会に出てから色んな方法で
嫉妬や悪意、無理解、責任転嫁といった
自分に沸き起こる犯罪に結びつきかねない
様々な感情を理性でコントロールするのは
社会で生きる上で義務付けられています。
話を加藤容疑者に戻すと
ニュースに出ている様々な有識者の方々は
嫉妬によっていじけて
犯行をしているのではないかと
言っているのを聞きます。
ですが、私の考えはちょっと違います。
彼は彼女ができないから、
友達がいないから、自分が「負け組」だから
それが嫌になった訳ではなく
本当は逆だと思います。
彼の掲示板のレスによると
「ワイドショー独占」が目的の一つと
言っています。
更に中学生時代には成績も良かったと
いう情報もあることから、
自らを「負け組」と卑下しているのとは
裏腹に本当は自信家であり
自己顕示欲の強い性格だったのでは
ないかと思います。
実際の彼は高校時代からは成績は落ち、
就職先も満足のいくものでは
無かったようです。
彼にとっては何か
「社会が自分を評価していない、
他人が自分を不当に評価している」
という根拠の無い不満があり、
「いつかは自分の本質だけを見つめて
くれる異性が現れる」と
考えていたのではないかと思います。
しかし、何年経っても彼が
評価される機会は得られず
また、評価を得ていたとしても
不相応に満足していなかった。
結果、現実と自分の理想とのギャップに
苦しみ、
「自分は悪くない、評価しない社会が悪い」と
心のどこかで思うようになったのでは
ないでしょうか。
こういう考え方を彼がしていたとすると
それは単なる甘えでしかありません。
結局の所、自分が努力した分しか
自分には返ってこない事を
私達は理解せねばならないし、
また努力が必ずしも報われるとは
限らない不条理な現実も
時には受け容れなければならないのです。
なぜ、彼がそれをできなかったのか
なぜ、無関係な他人の未来を
巻き添えにしなければならなかったのか・・・
ここでどんな綺麗事を書こうと
現実は変わりません。
が、今回の事件を受けて何か
書きたいという気持ちが湧きました。
加藤容疑者に限らず、今
自分が不遇である、と思う人は
自分がやるべきことをちゃんと
やっていたのか、
またやった上でも報われないこともある
ことを知るべきでしょう。
そして、何よりも「勝ち組」「負け組」等という
言葉に意味はありません。
なぜならそれはあくまで他人から見た
自分への表面的な評価であって、
自分よりも自分を知っているものは
他人にはいません。
人の本当の価値は外的世界での
勝ち負けだけにあるのでは無いのです。
それはあくまで一要素に過ぎないことを
知るべきでしょう。
それを知った上で自分を愛することができれば、
孤独や虚無感、世界で起こりうる
不条理に立ち向かうことができるはずです。
・・・加藤容疑者のプロファイリングもどきを
行うなど少々、不謹慎な記事ではありましたが、
ともかく犠牲者の冥福をお祈りします。
秋葉原での殺傷事件。
あれは何とも惨い事件でした。
ニュース等を色々チェックしていると、
犯行の動機が色々と推測されていますが、
公開された掲示板のレスの内容を
見て一般的に判断されている動機は
社会や所謂「勝ち組」と呼ばれている人達
そして他人に人気のある人間に
対する、妬みや嫉み・・・
そして自分の社会的地位に対する不満・・・
と言ったところでしょうか。
まあ、加藤容疑者に限らず
こういった感情は誰にでも湧きあがる事は
あります。
私も同級生の中に弁護士や医者になった人が
いまして、そういう人を羨んだ事はあります。
が、勿論彼らを殺そうなどとは思いません。
何故ならば、彼らは私以上に努力をしていたことを
知っていたからです。
努力をして報われるのは当たり前の事ですからね。
だから、自分が彼らよりも所得が低くても
事実を甘んじて受け容れる事ができる訳です。
しかし、加藤容疑者はそれができませんでした。
結果、自分を愛せず
他人を妬み犯行に及んだ。
加藤容疑者に対して憐憫の情は湧きません。
しかし、その嫉妬の感情自体は共感
できないことも無いのです。
なぜなら私も挫折を味わったことが
ありますし、失恋だってしたことが
ありますから。
それに加えて彼の場合は友達もいなかったと
聞いています。
もし、彼に何でも話し合える友がいたり
お互い同じ未来を見つめることができる
異性がいたのなら
こういう事件は起こらなかったかもしれませんね。
その点だけは憐れむべきでしょうか。
勿論、だからと言ってあの事件に対する
酌量の余地があるかと問われれば
少なくとも私にはありませんね。
これは当たり前でしょう。
厳しい言い方をすれば、本当は誰でも
孤独なのです。
恋人がいようが、友達がいようが
それは変わらない。
と言うのも自分の気持ちを本当の意味で
理解してくれる訳はなく、
どんなに込み入った悩み事を打ち明けることが
できる友がいたとしても、
その人にとってのその悩み事は「他人事」
だからです。
・・・言い方が悪いかもしれませんね。
「他人事」と書いたのは、当事者で無いから
本当にどれくらい悩んでいるのか、
どうして悩んでいるのかを共有することが
不可能だという意味です。
一人ひとりが孤独である、私達は
社会に出てから色んな方法で
嫉妬や悪意、無理解、責任転嫁といった
自分に沸き起こる犯罪に結びつきかねない
様々な感情を理性でコントロールするのは
社会で生きる上で義務付けられています。
話を加藤容疑者に戻すと
ニュースに出ている様々な有識者の方々は
嫉妬によっていじけて
犯行をしているのではないかと
言っているのを聞きます。
ですが、私の考えはちょっと違います。
彼は彼女ができないから、
友達がいないから、自分が「負け組」だから
それが嫌になった訳ではなく
本当は逆だと思います。
彼の掲示板のレスによると
「ワイドショー独占」が目的の一つと
言っています。
更に中学生時代には成績も良かったと
いう情報もあることから、
自らを「負け組」と卑下しているのとは
裏腹に本当は自信家であり
自己顕示欲の強い性格だったのでは
ないかと思います。
実際の彼は高校時代からは成績は落ち、
就職先も満足のいくものでは
無かったようです。
彼にとっては何か
「社会が自分を評価していない、
他人が自分を不当に評価している」
という根拠の無い不満があり、
「いつかは自分の本質だけを見つめて
くれる異性が現れる」と
考えていたのではないかと思います。
しかし、何年経っても彼が
評価される機会は得られず
また、評価を得ていたとしても
不相応に満足していなかった。
結果、現実と自分の理想とのギャップに
苦しみ、
「自分は悪くない、評価しない社会が悪い」と
心のどこかで思うようになったのでは
ないでしょうか。
こういう考え方を彼がしていたとすると
それは単なる甘えでしかありません。
結局の所、自分が努力した分しか
自分には返ってこない事を
私達は理解せねばならないし、
また努力が必ずしも報われるとは
限らない不条理な現実も
時には受け容れなければならないのです。
なぜ、彼がそれをできなかったのか
なぜ、無関係な他人の未来を
巻き添えにしなければならなかったのか・・・
ここでどんな綺麗事を書こうと
現実は変わりません。
が、今回の事件を受けて何か
書きたいという気持ちが湧きました。
加藤容疑者に限らず、今
自分が不遇である、と思う人は
自分がやるべきことをちゃんと
やっていたのか、
またやった上でも報われないこともある
ことを知るべきでしょう。
そして、何よりも「勝ち組」「負け組」等という
言葉に意味はありません。
なぜならそれはあくまで他人から見た
自分への表面的な評価であって、
自分よりも自分を知っているものは
他人にはいません。
人の本当の価値は外的世界での
勝ち負けだけにあるのでは無いのです。
それはあくまで一要素に過ぎないことを
知るべきでしょう。
それを知った上で自分を愛することができれば、
孤独や虚無感、世界で起こりうる
不条理に立ち向かうことができるはずです。
・・・加藤容疑者のプロファイリングもどきを
行うなど少々、不謹慎な記事ではありましたが、
ともかく犠牲者の冥福をお祈りします。
ジェンダーについて少し考えてみた
各国で民主化運動が起きていた時代、
男と女の役割の在り方、権利の在り方が
議論されてきました。
そして、現代においては何から何まで
全ての権利が男女とも同等となった
訳ではないものの
女性が普通に生活・仕事を行うことに
不便を感じている人は少なくなっていると
思えます。
うん、まあ・・・この男女平等というのは
いいことではあります。
ですが、何事も過ぎたるは及ばざるが如し。
やりすぎはよくありません。
男女でできること、と言うか
考え方や体の成長の仕方で
できる仕事には向き・不向きがありますから。
私はテレビで時々政治討論番組を
好んで観ますが、過剰なフェミニズムを
主張する方っていますよね。
そう・・・元社民党議員の某女史ですw
名前は挙げませんけど。
(これじゃすぐ分かると思いますがw)
あそこまで行くと、フェミニズムと言うよりは
単に男性に嫌悪感を持っているだけの
ようにも受け取れますが・・・
まあ、そのことはいいです。
さて、本題ですが
皆さんは男らしさ、女らしさについて
どのようにお考えでしょうか?
こんなことを考えたこと、一回くらいはあるでしょう。
誰かに恋をしたり、異性と
考え方が対立した時に
「女(男)って、分からない・・・(´・ω・`)」
と思うことも多いと思います。
言うまでもなく、こういった異性間の
考えが読めないのは
男と女、それぞれ考え方が違うからです。
では、どのように違うのか?
女性の事は男の私が分かったような事を
書くと恥をかくことになるので、
多くは書きませんw
ですので、主に男性について書きます。
まず、男と言うのは
生活態度がガサツに見える人もいますが、
心の中にはとても綺麗なものを
無闇に外に出さず、大切に
しまっている人が多いように思います。
この「綺麗なもの」とは
夢であったり、プライドであったり
ちょっとしたこだわりや美学であったり、
しまっているものは男性によって様々ですが
共通しているのは、それを他人に侵されることを
とても嫌がります。
書くのに若干躊躇いはありますがw
私が知っている限り
女性はこれに対して
男性同様、こだわりや美学を
持っていますが
それをどちらかと言えば
積極的に外に出しているような気がするのです。
どうして私がこのような考えに
至ったか、と言うとですね。
音楽や書物などの作りに
それが現れていると思うからです。
特に漫画の描き方にそれが顕著に
現れているような気がします。
男性の漫画家が描く漫画は
どんなに現実的なテーマを
描こうとも、ジャンルを問わず
超現実的な描写があるように思います。
たとえば・・・
バトルものの少年漫画によく出てきますが
誰かの死をきっかけに飛躍的な強さを
見せるようになったキャラとか。
ああいうのって、現実には無いですよね。
いや、精神的に強くなることはあるでしょうが
明らかに今まで勝てなかった敵を
圧倒するような、そんな強さを持てる
はずは無いのですが
そういう描写が少年漫画ではよく
見られます。
あと、設定とかストーリーも
少年漫画によく見られるように
死んだキャラが蘇ったりとか、
一見100%死んでいるように見えるが
実は生きていたとか・・・w
これは、作者の都合ということも
勿論あるでしょうが(苦笑)
現実に起こりえない事象を
漫画の世界で置き換えて描いた
作者のわがままと言うか
理想だと考えた方が説明がつくのです。
で、それをはっきりと明言するのは
格好悪いと思っているから
漫画のキャラにそれをやらせる訳です。
一方少女漫画においては、
ストーリーに関わる特徴については
あまりたくさんの作品を読んでいないため、
挙げることができませんが
画について考えると一つの特徴が
浮かび上がります。
それは・・・
男性が醜く描かれることが少ないと
いうこと。
いわゆるイケメンキャラでないキャラも
醜悪には描かずに、コミカルな容姿に
したり、あるいはちょっとゴツい感じに
するのです。
実際は失礼ながら
キツイ容姿の男性だっているんですw
しかし、少女漫画の世界では
幸せなことにそこそこの容姿になっています。
醜悪なキャラであってもその特徴を
あまりリアルに描きすぎない
ことで
こうあって欲しいという理想を
ストーリー、キャラの行動と言った
複数の解釈が取れるやり方ではなく
誰が見ても分かるように、画で
美しく描く。
こういう形で描きたい事を積極的に
外に表現しているように思います。
この特徴は男性の漫画家の作品のそれと
比較するとよく分かります。
稀にではありますが
男女関係無く、容赦なく醜く描かれて
いるものもありますが(特に漫☆画太郎とか)w
大抵の場合は、男前のキャラと
そうでないキャラがはっきり分かれており
女性も概ね同じです。
・・・いや、最近は違うかもしれません。
萌え系の漫画だと、大体女の子は
皆可愛く描かれていますし。。。
それはともかく!(汗)
自分のこだわりを内に残すか、
外に出していくかで男女間の考え方が
区別されているように思いますね。
まあ、だから何だ?
という話でもありますが(^^;
皆さんには思い当たる所はありませんか?
男と女の役割の在り方、権利の在り方が
議論されてきました。
そして、現代においては何から何まで
全ての権利が男女とも同等となった
訳ではないものの
女性が普通に生活・仕事を行うことに
不便を感じている人は少なくなっていると
思えます。
うん、まあ・・・この男女平等というのは
いいことではあります。
ですが、何事も過ぎたるは及ばざるが如し。
やりすぎはよくありません。
男女でできること、と言うか
考え方や体の成長の仕方で
できる仕事には向き・不向きがありますから。
私はテレビで時々政治討論番組を
好んで観ますが、過剰なフェミニズムを
主張する方っていますよね。
そう・・・元社民党議員の某女史ですw
名前は挙げませんけど。
(これじゃすぐ分かると思いますがw)
あそこまで行くと、フェミニズムと言うよりは
単に男性に嫌悪感を持っているだけの
ようにも受け取れますが・・・
まあ、そのことはいいです。
さて、本題ですが
皆さんは男らしさ、女らしさについて
どのようにお考えでしょうか?
こんなことを考えたこと、一回くらいはあるでしょう。
誰かに恋をしたり、異性と
考え方が対立した時に
「女(男)って、分からない・・・(´・ω・`)」
と思うことも多いと思います。
言うまでもなく、こういった異性間の
考えが読めないのは
男と女、それぞれ考え方が違うからです。
では、どのように違うのか?
女性の事は男の私が分かったような事を
書くと恥をかくことになるので、
多くは書きませんw
ですので、主に男性について書きます。
まず、男と言うのは
生活態度がガサツに見える人もいますが、
心の中にはとても綺麗なものを
無闇に外に出さず、大切に
しまっている人が多いように思います。
この「綺麗なもの」とは
夢であったり、プライドであったり
ちょっとしたこだわりや美学であったり、
しまっているものは男性によって様々ですが
共通しているのは、それを他人に侵されることを
とても嫌がります。
書くのに若干躊躇いはありますがw
私が知っている限り
女性はこれに対して
男性同様、こだわりや美学を
持っていますが
それをどちらかと言えば
積極的に外に出しているような気がするのです。
どうして私がこのような考えに
至ったか、と言うとですね。
音楽や書物などの作りに
それが現れていると思うからです。
特に漫画の描き方にそれが顕著に
現れているような気がします。
男性の漫画家が描く漫画は
どんなに現実的なテーマを
描こうとも、ジャンルを問わず
超現実的な描写があるように思います。
たとえば・・・
バトルものの少年漫画によく出てきますが
誰かの死をきっかけに飛躍的な強さを
見せるようになったキャラとか。
ああいうのって、現実には無いですよね。
いや、精神的に強くなることはあるでしょうが
明らかに今まで勝てなかった敵を
圧倒するような、そんな強さを持てる
はずは無いのですが
そういう描写が少年漫画ではよく
見られます。
あと、設定とかストーリーも
少年漫画によく見られるように
死んだキャラが蘇ったりとか、
一見100%死んでいるように見えるが
実は生きていたとか・・・w
これは、作者の都合ということも
勿論あるでしょうが(苦笑)
現実に起こりえない事象を
漫画の世界で置き換えて描いた
作者のわがままと言うか
理想だと考えた方が説明がつくのです。
で、それをはっきりと明言するのは
格好悪いと思っているから
漫画のキャラにそれをやらせる訳です。
一方少女漫画においては、
ストーリーに関わる特徴については
あまりたくさんの作品を読んでいないため、
挙げることができませんが
画について考えると一つの特徴が
浮かび上がります。
それは・・・
男性が醜く描かれることが少ないと
いうこと。
いわゆるイケメンキャラでないキャラも
醜悪には描かずに、コミカルな容姿に
したり、あるいはちょっとゴツい感じに
するのです。
実際は失礼ながら
キツイ容姿の男性だっているんですw
しかし、少女漫画の世界では
幸せなことにそこそこの容姿になっています。
醜悪なキャラであってもその特徴を
あまりリアルに描きすぎない
ことで
こうあって欲しいという理想を
ストーリー、キャラの行動と言った
複数の解釈が取れるやり方ではなく
誰が見ても分かるように、画で
美しく描く。
こういう形で描きたい事を積極的に
外に表現しているように思います。
この特徴は男性の漫画家の作品のそれと
比較するとよく分かります。
稀にではありますが
男女関係無く、容赦なく醜く描かれて
いるものもありますが(特に漫☆画太郎とか)w
大抵の場合は、男前のキャラと
そうでないキャラがはっきり分かれており
女性も概ね同じです。
・・・いや、最近は違うかもしれません。
萌え系の漫画だと、大体女の子は
皆可愛く描かれていますし。。。
それはともかく!(汗)
自分のこだわりを内に残すか、
外に出していくかで男女間の考え方が
区別されているように思いますね。
まあ、だから何だ?
という話でもありますが(^^;
皆さんには思い当たる所はありませんか?
死について考える
この1〜2年は実に冠婚葬祭が多かった
私なんですが、(主に葬式・・・)
ついこの間も行きました。
私の叔父の葬式に。
こう何回も行ってると、誰かが死んだら
喪主となる人はまず何をしないといけないか、とか
お通夜にはどういうことをして
告別式にはどういう手順で火葬まで
進むのか、とか初七日には何をしなければ
いけないかとか色々詳しくなりました。
・・・この歳でそういうことにあまり詳しくなるのも
なんですけどね。
で、何度も行ってて思うのが
遺族は大変だな〜ということです。
自分にとって近しい人が亡くなって
悲しい上に、更に一連の式の手順について
しっかり把握して式に来てくれた方に
失礼・不手際の無いように気を配らないと
いけない訳です。
はっきり言って1〜2日くらいは全然眠れないでしょう。
喪主の家族もそれに近い苦労を
強いられる訳で、
喪主を支えないといけません。
まあ、葬式がこんなに大変なのは
決して日本だけでなく、仏教だけでも
無いと思います。
ところで・・・私は去年、父のサポートをしていて
思ったことがあります。
「一体、何故葬式や一連の式は
こんなにキツいスケジュールになっていたり
気を遣わないといけないのか?
更に、日本の仏教では亡くなった後も
〜回忌とか色々ある。
そこまで何故やる必要があるんだろう?」
こう言っては不謹慎ですが、
例の歌の歌詞にもあるように
墓の中に故人はいません。
だから、墓参りだって
その目的を考えると意味は無いのかもしれません。
この疑問を考えたところ、
まず、お坊さんの説教で一つ答えが
出ます。
それは故人の事をいつでも思い出せる
体勢を作るということが目的です。
これは確かに重要ですね。
自分が生まれたのは誰のお陰か、と
言えばそれは勿論自分の先祖や親の
お陰なので、その方を忘れないように
するということは感謝の心を持ち、
自分にとっての繋がり・ルーツを
意識しておくことに他ならない訳です。
一応言っておきますが、私は決して
細○数子の回し者ではありませんw
ですが、あの人が何で墓参りに
こだわるかと言えば
私が書いたような理由も含まれると思います。
必ずしも自分の利益のためだけとは
言えません。
(このことについての説明は割愛します)
で、もう一つは何かと言うと
人が死んだら周りがどうなるかを
生きている人に教えるためだと思うのです。
もう少し詳しく書くと、
人が死ぬと、周りはこれだけ苦労する。
だからこそ先祖に頂いた命は
大切にしなければいけないと思い知らせる
と言うことです。
・・・ちょっと書き方が乱暴な点は
ご容赦下さい。
話は変わりますが、今
硫化水素で自殺する人が多いですよね。
自殺する本人にとっては
大変な苦しみを持って死に至った訳で
葬式での遺族の苦労など、
おそらく彼らにとっての苦労とは比べられる
ものではないでしょう。
ですが、今自殺している人の年齢を
見ると結構若いですよね?
ということは喪主になった経験も無いでしょう。
そういう方に果たして命が
どういう意味を持っているのかが
分かっていたのでしょうか?
その辺は疑問に思います。
私はかなり以前に「自殺する人には
常人には計り知れない苦しみがある。
だから、一概に責めることはできない」と
言った旨の記事を書きました。
そして、その考えは基本的に今も
変わっていません。
ですが、今自殺を考えている人に
ひとこと言いたいのです。
世の中には老衰や病気によって
身内を亡くしただけでもショックで
心身を悪くする人だっています。
私の母も自分の母を亡くしたショックから
立ち直るにはそれなりの時間が掛かりました。
一方自殺とは、はっきり言って自然な
死に方ではありません。
人が自分で死ぬと言う事は余程の理由がある訳です。
もしかしたらそれは他の人にとっては
助けようの無いことかもしれません。
ですが、遺族の方は頭では
その事を分かっていても
きっと自分の事を
少なからず責めると思うのです。
「自分には果たして本当に
何もしてやれなかったのか?」と。
たとえ一時期はそのことを割り切って
忘れることができても、
法事の度にそのことを思い出すと
思います。
私は叔父の火葬の後、
泣いているいとこを見ていて
自分は絶対に自殺はしない、と
改めて思いました。
・・・あっ、こんな事を書くと
叔父がまるで自殺したみたいですね(^^;
そんなことはありませんので、
念のため。
私なんですが、(主に葬式・・・)
ついこの間も行きました。
私の叔父の葬式に。
こう何回も行ってると、誰かが死んだら
喪主となる人はまず何をしないといけないか、とか
お通夜にはどういうことをして
告別式にはどういう手順で火葬まで
進むのか、とか初七日には何をしなければ
いけないかとか色々詳しくなりました。
・・・この歳でそういうことにあまり詳しくなるのも
なんですけどね。
で、何度も行ってて思うのが
遺族は大変だな〜ということです。
自分にとって近しい人が亡くなって
悲しい上に、更に一連の式の手順について
しっかり把握して式に来てくれた方に
失礼・不手際の無いように気を配らないと
いけない訳です。
はっきり言って1〜2日くらいは全然眠れないでしょう。
喪主の家族もそれに近い苦労を
強いられる訳で、
喪主を支えないといけません。
まあ、葬式がこんなに大変なのは
決して日本だけでなく、仏教だけでも
無いと思います。
ところで・・・私は去年、父のサポートをしていて
思ったことがあります。
「一体、何故葬式や一連の式は
こんなにキツいスケジュールになっていたり
気を遣わないといけないのか?
更に、日本の仏教では亡くなった後も
〜回忌とか色々ある。
そこまで何故やる必要があるんだろう?」
こう言っては不謹慎ですが、
例の歌の歌詞にもあるように
墓の中に故人はいません。
だから、墓参りだって
その目的を考えると意味は無いのかもしれません。
この疑問を考えたところ、
まず、お坊さんの説教で一つ答えが
出ます。
それは故人の事をいつでも思い出せる
体勢を作るということが目的です。
これは確かに重要ですね。
自分が生まれたのは誰のお陰か、と
言えばそれは勿論自分の先祖や親の
お陰なので、その方を忘れないように
するということは感謝の心を持ち、
自分にとっての繋がり・ルーツを
意識しておくことに他ならない訳です。
一応言っておきますが、私は決して
細○数子の回し者ではありませんw
ですが、あの人が何で墓参りに
こだわるかと言えば
私が書いたような理由も含まれると思います。
必ずしも自分の利益のためだけとは
言えません。
(このことについての説明は割愛します)
で、もう一つは何かと言うと
人が死んだら周りがどうなるかを
生きている人に教えるためだと思うのです。
もう少し詳しく書くと、
人が死ぬと、周りはこれだけ苦労する。
だからこそ先祖に頂いた命は
大切にしなければいけないと思い知らせる
と言うことです。
・・・ちょっと書き方が乱暴な点は
ご容赦下さい。
話は変わりますが、今
硫化水素で自殺する人が多いですよね。
自殺する本人にとっては
大変な苦しみを持って死に至った訳で
葬式での遺族の苦労など、
おそらく彼らにとっての苦労とは比べられる
ものではないでしょう。
ですが、今自殺している人の年齢を
見ると結構若いですよね?
ということは喪主になった経験も無いでしょう。
そういう方に果たして命が
どういう意味を持っているのかが
分かっていたのでしょうか?
その辺は疑問に思います。
私はかなり以前に「自殺する人には
常人には計り知れない苦しみがある。
だから、一概に責めることはできない」と
言った旨の記事を書きました。
そして、その考えは基本的に今も
変わっていません。
ですが、今自殺を考えている人に
ひとこと言いたいのです。
世の中には老衰や病気によって
身内を亡くしただけでもショックで
心身を悪くする人だっています。
私の母も自分の母を亡くしたショックから
立ち直るにはそれなりの時間が掛かりました。
一方自殺とは、はっきり言って自然な
死に方ではありません。
人が自分で死ぬと言う事は余程の理由がある訳です。
もしかしたらそれは他の人にとっては
助けようの無いことかもしれません。
ですが、遺族の方は頭では
その事を分かっていても
きっと自分の事を
少なからず責めると思うのです。
「自分には果たして本当に
何もしてやれなかったのか?」と。
たとえ一時期はそのことを割り切って
忘れることができても、
法事の度にそのことを思い出すと
思います。
私は叔父の火葬の後、
泣いているいとこを見ていて
自分は絶対に自殺はしない、と
改めて思いました。
・・・あっ、こんな事を書くと
叔父がまるで自殺したみたいですね(^^;
そんなことはありませんので、
念のため。





